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読書日記

  昭和史   半藤一利  平凡社  読了2009/1/4

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  昭和の歴史を、豊富な歴史的資料をもとに公平に解りやすく書かれている。
日清・日露戦争で勝ち近代国家への道を進む日本は、ロシアの脅威から国を守るため満州に進出していくことになる。そうしたなかで、日本の軍部は徐々に発言力を増していく。又、マスコミは、国民的熱狂を作り出していく。こうして日本は無謀な戦争を引き起こす。

「大事件は氷山の一角で、下にはいくつもの小事件が隠されている。突如、事件が起きるというものではなく、時間をかけて、連鎖的にゆっくり形づくられてきた幾つもの要因があり、それらがまとまって大事件として噴出してくる。ある時点での人間の小さな決断が、歴史をどんでもないほうへ引っ張っていくこともある」
  まとめに書かれたこの言葉の重みがよく分かる。

印象に残った言葉
1853年から68年まで15年間のいろんな文献や書状などを見ていますと、みんながやたらに「皇国」という言葉を使っている、それがあのころのスローガン、幕末の尊皇攘夷のキャッチフレーズであった。それが昭和のはじめは「生命線」「二十億の国費」「十万の同胞の血」だったわけです。こうなると国民感情がピタッと一致してしまう。今も日本は「普通の国」だの「再軍備」だの言っていますが、うまい言葉が見つからなくて国民感情は一致し ないようです
 国民感情がピタッと一致する言葉が出てきて、国民的熱狂が作られるときは国の動きを注意をはらってみていくときだといえるのではないだろうか?

一国民としては、疾風怒濤の時代にあっては、現実に適応して一生懸命に生きていくだけで、国家が戦争へ戦争へと坂道を転げ落ちているなんて、ほとんどの人は思ってもいなかった。これは何もあの時代に限らないのかも知れません。今だってそうなんじゃないか。なるほど、新聞やテレビや雑誌など、豊富すぎる情報で、われわれは日本の現在をきちんと把握している、国家が今や猛烈な力とスピードによって変わろうとしていることをリアルタイムで実感している、とそう思っている。でも、それはそうと思い込んでいるだけで、実は何も分かっていない、何も見えていないのではないですか。時代の裏側には、何かもっと恐ろしげな大きなものが動いている、が、今は「見れども見えず」で、あと数十年もしたら、それがはっきりする。歴史とはそういう不気味さを秘めていると、私には考えられてならないんです。ですから歴史を学んで歴史を見る眼を磨け、というわけなんです。
  歴史を読んで「ふ~~ん。かつてこういう事があったんだ」と思うのは間違いである。今は過去の続きである。帝国主義時代の植民地政策は今でも形を変えて行われている。また、条約なんていうのもまずくなれば売り渡してしまうものである。

歴史に学べ 第一に国民的熱狂をつくってはいけない。2番目に最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な方法論をまったく検討しようとしない。3番目に日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害がある。そして4番目に日本は国際社会のなかの日本の位置づけを客観的に把握していなかった。常に主観的思考による独善に陥っている。さらに5番目として何かことが起こった時に、対症療法的なすぐに成果を求める短兵急は発想をする。 

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