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2009年1月

読書日記

    「昭和史」 半藤一利  戦後編   平凡社 読了2009/01/28 

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 前回は昭和から終戦までだった。今回は終戦から沖縄返還までの歴史を書いている。

私の記憶では佐藤首相からが同時代であるが名前だけしか知らなかった吉田茂、鳩山一郎、岸信介などの歴代首相の成した事が良く分かった。


この本を読むまで、私は戦後の日本はGHQに作られたアメリカの衛星国という認識であったが、実は、改憲して軍を持った「普通の国」になる可能性や社会主義国家になる可能性もあったが国民が選挙で今の「軽武装・通商貿易国家」の道を選んだのだと知った。歴代の首相の政策を国民は選挙で取捨選択して、今の日本の基礎を築いていった。戦後は民主主義がうまく機能していった。岸首相や、鳩山首相の戦前の国体に戻そうとする方針を拒んだ当時の国民はやはり、あの悲惨な戦争を経験したため平和な国家を望んだのだろう。あれから60年が経ち、戦争を知らない世代が世論の中心となってきた。最近になって再軍備をして憲法を改正した「普通の国家」への道を求める世論がでてきているのも当然であろう。また、冷戦が終わり西側陣営の社会主義国家への防波堤の位置づけだった日本のポジションが変わりつつある中で従来通りの安全保障はアメリカに任せて、自国は経済だけで繁栄するというやり方が世界から非難されるようになってきている。

戦後の「軽武装・通商貿易国家」という日本の戦略を見直す時期に今きていると思う。

今後は、世界の安全保障に貢献できる軍と法律の整備が必要だが、かつて軍備を備えることで外国との戦争に投入していった苦い経験がある。日本という国は軍を持って平和国家が維持できるか?自国の歴史と国柄を見つめ直すことが今後必要である。

 

 印象に残った言葉

 

アメリカは中国共産党をどんどん西へ追いやって孤立させ、一方国民党政府を支援し、それを主要政権とする中国を堂々たる世界の五大強国(米・英・仏・ソなどの戦勝国)の一つとして育成しよう。

 

 アメリカの外交戦略の基本はやはり中国がアジアの中心との認識なのであろう。

 

私権や私益で派閥を組み、その頭領に迎合して出世しようと考える人は、もやは政治家ではない。政治家が高い理想を掲げて国民と進めば、政治の腐敗堕落の根は絶える」-石橋湛山

 

 戦後は日本を良くしようとの理想に燃えた人達がたくさんいた。今の政界はどうであろうか?本当に日本のために行動している人が何人いるのであろうか?

 

 

ソニーとホンダの例をあげましたが、いずれにしろ新技術をどんどん導入して、それによって新製品を開発していく、戦後の日本企業の経営戦略の基本姿勢です。同時に、懸命な努力をして国民が喜ぶように軽量化、コストダウンし、それが量産化を実現する。

 

今の日本に必要な物はなにか?一つには無私になれるか。マジメさを取り戻せるか。日本人皆が私(わたくし)を捨て、もう一度国を新しくつくるために努力と知恵を絞ることができるか。その覚悟を固められるか。二つめに、小さな箱からでる勇気。自分たちの組織だけを守るとか、組織の論理や慣習に従うとか、小さなところ威張っているのではなく、そこから出ていく勇気があるか。三つめとして大局的な展望能力。物事を世界的に、地球規模で展望する力があるか。そのためにも大いに勉強することが大事でしょう。四つめに他人様に頼らないで世界に通用する知識や情報をもてるか。さらに言えば五つめに「君は効を成せ、われは大事を成す」(吉田松陰)という悠然たる風格をもつことができるか-現在の日本にたりないのはそういうものであって、決して軍事力ではないと思います。

 


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読書日記

  昭和史   半藤一利  平凡社  読了2009/1/4

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  昭和の歴史を、豊富な歴史的資料をもとに公平に解りやすく書かれている。
日清・日露戦争で勝ち近代国家への道を進む日本は、ロシアの脅威から国を守るため満州に進出していくことになる。そうしたなかで、日本の軍部は徐々に発言力を増していく。又、マスコミは、国民的熱狂を作り出していく。こうして日本は無謀な戦争を引き起こす。

「大事件は氷山の一角で、下にはいくつもの小事件が隠されている。突如、事件が起きるというものではなく、時間をかけて、連鎖的にゆっくり形づくられてきた幾つもの要因があり、それらがまとまって大事件として噴出してくる。ある時点での人間の小さな決断が、歴史をどんでもないほうへ引っ張っていくこともある」
  まとめに書かれたこの言葉の重みがよく分かる。

印象に残った言葉
1853年から68年まで15年間のいろんな文献や書状などを見ていますと、みんながやたらに「皇国」という言葉を使っている、それがあのころのスローガン、幕末の尊皇攘夷のキャッチフレーズであった。それが昭和のはじめは「生命線」「二十億の国費」「十万の同胞の血」だったわけです。こうなると国民感情がピタッと一致してしまう。今も日本は「普通の国」だの「再軍備」だの言っていますが、うまい言葉が見つからなくて国民感情は一致し ないようです
 国民感情がピタッと一致する言葉が出てきて、国民的熱狂が作られるときは国の動きを注意をはらってみていくときだといえるのではないだろうか?

一国民としては、疾風怒濤の時代にあっては、現実に適応して一生懸命に生きていくだけで、国家が戦争へ戦争へと坂道を転げ落ちているなんて、ほとんどの人は思ってもいなかった。これは何もあの時代に限らないのかも知れません。今だってそうなんじゃないか。なるほど、新聞やテレビや雑誌など、豊富すぎる情報で、われわれは日本の現在をきちんと把握している、国家が今や猛烈な力とスピードによって変わろうとしていることをリアルタイムで実感している、とそう思っている。でも、それはそうと思い込んでいるだけで、実は何も分かっていない、何も見えていないのではないですか。時代の裏側には、何かもっと恐ろしげな大きなものが動いている、が、今は「見れども見えず」で、あと数十年もしたら、それがはっきりする。歴史とはそういう不気味さを秘めていると、私には考えられてならないんです。ですから歴史を学んで歴史を見る眼を磨け、というわけなんです。
  歴史を読んで「ふ~~ん。かつてこういう事があったんだ」と思うのは間違いである。今は過去の続きである。帝国主義時代の植民地政策は今でも形を変えて行われている。また、条約なんていうのもまずくなれば売り渡してしまうものである。

歴史に学べ 第一に国民的熱狂をつくってはいけない。2番目に最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な方法論をまったく検討しようとしない。3番目に日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害がある。そして4番目に日本は国際社会のなかの日本の位置づけを客観的に把握していなかった。常に主観的思考による独善に陥っている。さらに5番目として何かことが起こった時に、対症療法的なすぐに成果を求める短兵急は発想をする。 

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