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末吉探検隊

          島津2

 島津氏は、通説では惟宗忠久が日向国島津庄(現在の都城)の地頭を命じられて島津を称したのが始まりといわれています。
日本最大の荘園である島津荘園は、大宰府の役人であった平季基が、弟と共に日向諸県群島津にきて所有者のない荒野を開墾して、関家の藤原頼通に寄進したのが始まりです。島津というは古の都城方面のことらしい。

平李基はその後末吉の橋野に隠遁します。

写真が平李基の末吉にある墓です。S_006 畑の中に
ある実に素っ気ない墓です。後世の島津一族の繁栄を考慮すればもう少し大きく祭ってもよいように思えます。彼は後に若一神社や神柱神社を建立します。S_012

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